べーすけ 歩いて日本一周

出逢った全てに感謝しながら巡る旅 「ありがとう」

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長崎の記憶が揺り動かすこと ~ 11月21日(金)  日本一周 徒歩の旅 ~

Posted by べーすけ on   6 comments   0 trackback






[総日数]     458日(日本橋出発後608日経過)
[今日のルート]  長崎県長崎市「出島前のベンチ」から移動なし
[進捗状況]    九州を半時計回りで周遊中…








朝は7:00起床

この時間には周りがガヤガヤし始めていて

もう寝れる雰囲気じゃない

しょうがないから寝袋をしまってウトウト


8:00からはミスドへ入ってブログを打つ

ミスドはよく夜勤明けの帰りに立ち寄っていて

ホットカフェオレとオールドファッションを頼んで

小説を読みながら徹夜の朝ボケを整えてたんだよね

(しかもカフェオレはフリードリンク♪)


















結局12:00まで滞在して

混雑してきたところで脱出

ここから長崎観光といこうかな



















まずはいつの間にか恒例になってる県庁巡り

長崎県庁の看板は旧字体でカッコいい

だけど僕がカッコ悪いからどうしようもない


そのあと県庁のトイレを借りようと中に入ると

ちょうどNHKの番宣をしていて

日本100名山を一筆書でチャレンジした田中陽希さんの紹介をしてるところに遭遇

(田中陽希さんのサイトはコチラ→http://www.greattraverse.com/)


この田中さんとは、北アルプスを縦走しているときによく間違えられていて

(そのころ田中さんも南アルプスを縦走していたらしい)

まぁやってることが似かよってるからかなぁーと思っていたけど


実際にテレビを見てみると…顔とか姿もメッチャ似てるやんww

同じ坊主だし、服装も短パンってところまでソックリ(爆

思わず県庁のテレビの前で吹いてしまったわー


その番組自体はテレビがないから見ることはできないけど

ダイジェストを見ていると

田中さんが話していることは僕が普段書いていることとよく似ている

「応援している方々に感謝ですね」ってところは

田中さんの方が有名だからそのまんま僕がパクった感じになってるわww

やっぱり冒険と旅とは共通する部分が多いのかもしれない


田中さんの冒険と僕の旅とは難易度や意味合いもかなり違うかもしれないけど

一度お会いしてお話してみたいなぁー


あとはこういう風にカメラがくっついて来るって言うのは

どんな気持ちなんだろうと、ちょっとゲスいことも考えてみたりww
















そういえば、この人にも間違えられたことあるなぁー

ってかみんな顔似てるしw


















そのあとは近くにあった中華街を徘徊

















まぁ神戸や横浜とそんなに変わらんね


















そして長崎名物とされている「角煮バーガー」を食べる

えーと…

僕が作った角煮の方が絶対美味しいです、以上。




















続いて長崎のシンボル、出島も観光

江戸時代には唯一の貿易港として名高いところだけど
















行ってみると、まぁ思ってた通りですね

周りには高層ビルが立ち並んでいて

明らかに町並みに馴染まず取り残された感が滲み出てる


















さしずめ「長崎の時計台」といったところかな(ガッガリするという意味)


















しかも中へ入るのに入場料がかかるだと!?

払うわけなかろうが!!
















そのあとは僕が一番行きたかった「長崎原爆資料館」へ足を運ぶ


原爆については中学の頃に広島の資料館へ行ったことはあるけれど

あのときは「大変なことがあったんだな」くらいで特に何も感じなかった


だからこそ

今大人になってからもう一度行ってみて

しっかり頭で考えようと思います






※ここからはショッキングな画像がありますので苦手な方は読まれないことをお勧めします。









長崎原爆資料館は原爆の爆心地のすぐそばにあって

長崎駅などの中心地からは少し離れている

と言っても2~3kmってくらいだから

原爆での被害は長崎市街地全体に及んでいる

















館内は全体的に原爆被害での遺留品が多く

広島の資料館のように蝋人形で阿鼻叫喚が描かれているという感じではない


そのため広島ほど視覚的なインパクトとして強烈過ぎないから

かえって原爆やその被害などについて冷静に見ることができる

(広島は冷静ではいられなくなる)


とりあえず基本的な説明として

長崎の原爆は、広島に原爆が投下された3日後である

8月9日午前11:02に投下された


当時の長崎は24万人もの人口を誇っていたが

原爆投下によりその1/3に近い73,000人が亡くなり

その他に74,000人もの負傷者を出したと言われている


展示によると、原爆による被害は3種類あって

1つめは核反応による膨大な熱量からの熱線

2つめは風速300m以上の爆風

3つめは放射線物質による放射能被害、とのこと


















原爆が投下されると爆弾内部で小規模な爆発があり

爆発の圧力でプルトニウムを圧縮させて強制的に核分裂を起こさせる

















そのときに発せられる熱線で爆発の3秒後には地表が3000~4000度と言われ

爆心地周辺の人たちは一瞬にして炭になった


















周囲1km圏内の人は熱線が直接当たった部分が焼かれ

皮膚はズルズルと剥がれ落ち、肉や骨が露出した


また、凄まじい熱線は木造建築に火をつけて

長崎全体を真っ赤に染めた

消防隊や消火栓さえ壊滅したため

「異臭」のする火は翌朝まで燃え続けた



そして熱線のすぐあとにやって来た爆風は風速400mとも言われ

爆心地周辺の建物は紙屑のように吹き飛ばされた


爆風の被害は周囲3000mまでも広がり

建物の多くは倒壊して屋内にいた人は下敷きに

下敷きに免れた人も、爆風に吹き飛ばされたガラス片や瓦礫が襲ってきた



一瞬の出来事で辛うじて死を免れた人たちには地獄が待っていた

皆さんも目を閉じて想像してほしい

というか、これは同じ人間として想像しなければならないと思う…

















ついさっきまでの光景は一瞬で消え去り、目の前には瓦礫と火の海が広がっている

ようやく辺りが見渡せる程度になると

辺りには多くの人らしきものが転がっていて、表現できないような臭いが漂う


至るところで苦しむ声が聞こえる

「助けて…助けて…」「いたい、いたいよ…」


視界の端にフラフラと動く姿が入る

よくみるとその人は身体中から血を流し、所々の皮膚が剥がれて肉が見えている

だれもが「 みず…みずがほしい」と言いながらさまよい歩く



これは僕が想像して書いたけれど

おそらく同じようなことが現場では起こっていたと思う

そしてこれ以上は僕が書くことができないから

皆さんはその現状というのを自分なりに頭のなかで考えてほしいです





そして幸運にも被害を免れた人も

数日経つうちに次々に倒れ、死んでいく


爆心地から500m以内では

放射能により即死または1ヶ月以内に大半が死亡

5km以内でも急性放射線症を発症した


















数日で髪の毛が抜け落ち

歯茎などから血が止まらなくなる

身体中には「死の斑点」と言われる皮下出血が現れ

そして死に至る


大量に放射能を浴びなかった人も

白内障になったり、白血病になる恐れがあり

一生、死からの恐怖に晒されることになった


また女性は出産した子どもが奇形児になる可能性が高くなり

女性であることすら傷つけられた



やはり長崎においても、広島においても特筆されるのは

「放射能汚染」がある殺人兵器というものの恐ろしさで

戦争が終わってからも永く影響し続けるということの残虐さなのかもしれない


遺留品や被爆者映像のコーナーを過ぎると

最後にショートムービーが待っていた

どうやら投下後に米軍が原爆被害について調査したときの映像をまとめたものらしい

ちょうど15分間が始まるところだったから

前の方の席に座ってその一部始終を見る


そして僕はこの映像を見て泣いてしまった

久しぶりに、というか生まれて初めて

こんなに自分のこと以外で泣いたと思うくらいに泣いた


映像にはたくさんの若者がもがき苦しんでいて

全身が焼け爛れているのを治療していたり、身体の一部が吹き飛んでいたり

もうそれは拷問としか言い様のない状態だった


それを見ているうちに

「僕はなんて幸福者なんだろう」と涙が出てきた

原爆による被害を受けた若者たちは有るものは死に

有るものは元の生活に戻れないくらいの傷を心と身体に刻み込まれた


その全員が未来への希望と夢を持っていて

まだ見ぬ新しい世界へと羽ばたこうと必死に生きていた

誰もが何かの才能を持ち

偉大な業績を残す天賦の才があったかもしれない

もしかしたら僕のように旅に出たいと思っていた若者もいたかもしれない

それらが原爆により一瞬にして破壊され、またはその将来の可能性を断たれてしまった


















さぞ悔しかっただろうに

さぞ辛かっただろうに

若者の叫ぶ声が今にも聞こえてくるようだった


そんな実際には聞こえないけれど

心の奥に直接響いてくる声を聞いて

僕はずっと涙を流していた



そして僕はこう思った。


もし亡くなった方々が天国で僕のことを見ているとしたらどう思うだろう

もしかしたら「自分だったらもっと全力でやるだろう」と恨むかもしれない


そんな夢半ばで断たれてしまった方たちがいるのにも関わらず

僕は生きるということが当然のものだと錯覚し

そればかりか生きることを必死になろうとしていない

そう、今でも自分自身に甘えた旅ばかりしている


僕はまだ全力で旅をしていないかもしれない、

まだまだ自分自身に甘くやりたいこともやりつくしていない、

という自分自身への疑心が心の隅にある


これは自らの意志とは無関係に亡くなった方々に対して

失礼なことをしてるのではないか、侮辱になるんじゃないか


それじゃあ死に際になるまで頑張れ、とか別にそういうことではなく

「亡くなった若者たちの分まで全力で生き抜く」ということが

僕ら生きているものの義務だし、償いなんじゃないかと思う




この長崎へやって来る前に感じていたことが1つある

それは「一生懸命」という意味


よく僕はこの言葉を使うんだけれど

ホントに一生懸命と言えるほど必死にやっているのか?と最近疑問を感じていた


「一生懸命」という真の意味は

「一生に命を懸ける」、つまり自分の人生そのものを死ぬ気で生き抜く。

そういうことなんじゃないかと


それは生きること自体に命を懸けるということで

言い換えると、生きている間の事象全てに尽力するということ

それほど「一生懸命」という言葉の意味には重みがあるんじゃないか


それが長崎原爆資料館を見学したことで

自分の中の歯車が「カチッ」と噛み合った気がする


もっと「一生懸命」と言えるような生き方をしよう

もっと一生の命を懸けれるような旅をしようって

そう感じることができた

















長崎原爆資料館を出ると

入館する前に降り始めていた雨は上がり

雲の隙間からは細い光が差し込んできている


















僕は資料館の隣にある爆心地の中心へ歩いてみる

そこには追悼の記念碑が建っていて

今では石に刻み込まれている文章でしかその凄惨な悲劇をしることができない


しかしこの足元には

一瞬にして灰となってしまった方が眠っている

そんな気配を今は感じることができる


僕はまた涙を流しながら

ファインダー越しに見える歪んだ爆心地にシャッターを切る


















夜になると再び長崎市街へ戻って

いつものスターバックスへ立ち寄りブログを打ち込む


スターバックスが22:00に閉店すると

今度は24時間のマクドへ入り、再びキーボードを叩き続ける


日付が変わる頃になると

ここで徹夜を決め込んだような(あるいは寝ようとする)人たちが集まってくる

僕はそんなマクドナルドの住人を横目に一心不乱に打ち込む


結局3:00まで休みなく打ち続けて

ようやく一段落

夕方から9時間ぶっ続けでかかってしまった


こんなにも長時間集中できたのは

たぶん原爆資料館での言い表せない想いを

どこでもいいからぶつけたかったんだろう


とりあえず明日はまた歩かなきゃいけない

そのためにも少しでもいいから寝なきゃ

そう思ってマクドから出て、昨日と同じ出島の前のベンチへ移動し

マットと寝袋を広げる


明日からすぐに何かを変えられるというわけではないかもしれない

でも、最後には自分が「一生懸命頑張れたな」と言えるような旅にできたらと思う

さぁ明日も一歩一歩しっかり踏みしめていこう!



※本当は「戦争」「争い」という意味についても書いていくつもりでしたが

ブログがとても長くなるため、割愛させてもらいました

これについては次の機会に改めてお話ししようと思います





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Comment

mishima says... ""
べーすけさんこんばんは。
原爆資料館行かれたんですね。
数年前に私も足を運びましたが、べーすけさんが見られたショートムービーは
そのころは上映してなかったのか、ただ単にスルーしてしまったのか、
見た記憶がなく・・・
かなりショッキングな内容だったんですね。

私は広島に住んでいるので、広島の原爆の被害については
学校の「平和学習」なる授業で色々と学びました。
そして今でも地元メディアから発信されているさまざまな情報に触れることができます。
しかしながらある時、同じ日本でも他の地域に住んでいる人は、
原爆投下に関する知識をあまり持ってないことを知り、愕然としました。
べーすけさんのような若い世代の方に、約70年前に起こった凄惨な出来事を知ってもらい、
色んなことを感じてもらうのはとても重要なことだと思います。
私も一日一日を一生懸命生きよう!と心に命じてます。
(・・・と言いつつ、しょっちゅう沈没してしまってますが。。)

長文になってしまいすみません。
今週はこれから天気下り坂のようですね。
どうか無理されませんように。
2014.11.26 20:23 | URL | #- [edit]
トミー says... ""
べーすけさんこんにちは、確かに旅中に思ったことや感じたことをすべてブログに落とそうと思うと無理な部分もあると思います(僕も正直旅中ブログで書きたいこと伝えたいこともたくさんありましたがすべては書ききれませんでした)
この前の稲佐山の夜景を見て僕が感じたことがあって「こんな綺麗な夜景がある場所でそう言う事があったんだな」と言う事です。
おそらく順当に行けば沖縄で越冬と言う流れになるかと思うのですがその際は是非ひめゆりの塔等の太平洋戦争における沖縄本土戦に関する資料を展示しているところに行って見てください、やはり色々と考えさせられると思います。

あと個人的な所感ですがべーすけさんは今でも十分なほどストイックな旅をしていると思いますしあまり気負いすぎると疲れてしまうと思うので僕のようにのほほんまったり旅するというのもありかもしれませんw(もちろん平和な世の中に感謝する気持ちは忘れたくないですけどね)
2014.11.27 20:17 | URL | #- [edit]
ヒット says... "こんなことが??"
原爆資料館、仕事の余暇で六年前位に私も寄りました、投下時間の柱時計を見たと思いますが撮影禁止と分からず撮ってしまいました、で家に帰って見た時妻が何か写ってるよ、、私は分からなかったのですが、画面から2m位離れて見ると、ゾーっとしました、、苦しみもがむ人の顔でした、TVに出せば一発ででる画像でした、、資料館から出て、しばらくうつ状態が続いたのを思い出しました。
此度の一人旅ではその資料館には入らず心の中で長く長く手を合わせた次第です。
寒くなって来ました、、風邪、要注意願います。

2014.11.28 04:43 | URL | #- [edit]
べーすけ says... "Re: "
>mishimaさん
長崎と広島というのは、ある意味「シンボル」みたいになってますよね
だけどシンボルだけが先走りして、ほんとに理解してほしいことが蔑ろにされている気がします
あと、原爆はよくないけど原発は良いとか、様々な利害関係によって事実などが歪まされている気がします。
戦闘目的であろうがなんであろうが、人間の作り出した・人間には手に負えないものであることを
もう一度理解する必要があるとおもいますね。
来週から一段と寒くなってくるみたいです。気を付けて歩いていこうと思います。
2014.11.28 19:27 | URL | #VEUMvR1o [edit]
べーすけ says... "Re: "
>トミーさん
ひめゆりの悲劇は見ようと思っています。あとは知覧とかも見学したいなぁと考えているところです。
昔の人は自分の仁義のために命を捨てるほど意志の強さと、誇りの大事さがあったと思います。
それに比べたら僕のやっていることなんて意志の欠片すら感じないくらいです…
ストイックとかそういうことではなく、もっと貫いた旅をしていきたいですねw
トミーさんは早くガソリンストーブを購入して、メンテ魂を貫いてくださいww
2014.11.28 19:32 | URL | #VEUMvR1o [edit]
べーすけ says... "Re: こんなことが??"
>ヒットさん
うーん僕の写真には写っていましたか?
今のところ、心霊スポットなどで寝たりもしていますが
「そういうこと」が起きたことがないですね…
blogの写真で「っぽい」のがあったらコメントくださいw
2014.11.28 19:35 | URL | #VEUMvR1o [edit]

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